2007年03月27日

物事を学び取るってこと。

この仕事をしていると物事を教えるってことが非常に高尚なことであるということを感じます。我々物を教える人間には、教わる人間の人生をも変える力があると思います。まあ、当然影響を受けない人もいるんでしょうが、確実に少しずつ影響を与えている人もいるわけです。
そんな仕事に携わる自分として、最近物事を学び取る3フェイズについてよく考えます。

伝:すなわち情報を得ること、物事を知ること。
教:物事を自らに幾度となく刷り込むこと。まさに自分の意見と交じり合うくらいにこの情報を刷り込むことが物事を自分に教え込む上で必要であると考えます。
覚:すなわち覚醒すること。物事を幾度となく刷り込むこんでいくと、あるとき突然いろいろなものの相関性、その真の姿が見えてくるときがあります。それを得ることによって、新たなる情報への欲求が高まり、それを用いてまた、覚醒する。

この3段階を経ることによって、物事の本質的な姿が見えてくると思うわけです。これには時間がかかります。だから、物事を学んだりする上で専門性がある程度必要になってくるわけです。しかし、逆にこのプロセスを経ることでまったく違うエリアのことが見えてきたりすることがあります。

今の教育は”伝”の乱発と偽りの”覚”の組み合わせであると思います。情報の量が問題なのではなく、持っている情報の関連付け、そして、その情報がもたらしている臣の姿を知ることが非常に重要であると考えます。
posted by bigmasa at 14:44| Comment(0) | TrackBack(0) | BIgmasa | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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